FIRE計画のシミュレーターを使っていると、「モンテカルロシミュレーション」「破綻確率」「p10/p90」といった言葉を目にすることがあります。なんとなく「精密そうな計算」というイメージはあっても、それが具体的に何を計算していて、なぜ普通の資産推移グラフだけでは不十分なのか、説明できる人は多くありません。
この記事では、モンテカルロシミュレーションの基本的な仕組みを整理したうえで、実際に田中さんのケースで「固定利回りの単純計算」と「1,000通りのモンテカルロ試算」を比較し、結果がどれだけ変わるのかを具体的な数字で見ていきます。
この記事の結論
- モンテカルロシミュレーションとは、市場の値動きを何百〜何千通りもランダムに試行し、結果のばらつきを確認する手法
- 「平均4%で運用できれば資産は尽きない」という単純計算は、あくまで理想的な1本の未来にすぎない
- 田中さんのケースでは、固定利回り計算だと90歳まで資産は枯渇しないが、1,000通りの試算では約4人に1人(25.4%)が資産枯渇という結果になった
- 「破綻確率」「p10/中央値/p90」を見ることで、計画がどれだけ市場変動に耐えられるかが分かる
モンテカルロシミュレーションとは何か
定義・仕組み
モンテカルロシミュレーションとは、乱数を使って同じ条件のシナリオを何百〜何千回も試行し、結果のばらつき(確率分布)を確認する計算手法です。名前の由来はモナコ公国のカジノ地区「モンテカルロ」で、偶然性を扱う計算という意味合いから名付けられています。
FIRE・資産形成の文脈では、毎年の運用リターンをランダムに変動させながら、資産推移を何百回〜何千回も計算し直す使い方をします。1回1回の試行は「たまたまこういう相場だった場合」の未来であり、それを大量に集めることで「良いシナリオ」「悪いシナリオ」「平均的なシナリオ」の分布が見えてきます。

なぜ資産形成・FIRE計画で使われるか
株式や投資信託の運用リターンは、毎年きっちり同じ値で推移するわけではありません。ある年は+20%、翌年は-15%というように、大きくばらつくのが実際の市場です。しかし「年平均リターン4%」のように長期平均だけを使って資産推移を計算すると、この年ごとのばらつきが計算から消えてしまいます。
モンテカルロ法を使えば、「平均は同じでも、暴落が早い時期に来た場合」「好調が続いた場合」など、さまざまな道筋を再現して比較できます。これにより、平均値だけでは見えない「最悪のケースでどうなるか」を確認できるのが最大のメリットです。
「平均値ベースの計算」との違い
平均値ベースの計算は、毎年必ず同じ利回り(たとえば4%)で資産が増減すると仮定します。計算はシンプルですが、現実の市場のようにリターンが年によってばらつく状況を反映できません。
一方、モンテカルロ法は毎年のリターンを(平均値を中心に)ランダムに変動させます。同じ「平均4%」という前提でも、試行ごとに異なる道筋をたどるため、資産推移の結果は試行のたびに変わります。この「結果のばらつき」こそが、モンテカルロ法が伝えてくれる情報です。
なぜ平均値だけの計画は危険なのか
シークエンス・オブ・リターンズ・リスク
同じ「平均年率4%」でも、暴落が来るタイミングによって最終的な資産は大きく変わります。これを「シークエンス・オブ・リターンズ・リスク(順序リスク)」と呼びます。
特に危険なのは、取り崩しを始めた直後に暴落が来るケースです。積立期であれば暴落後の安値で買い増しできますが、取り崩し期に暴落が来ると、資産が目減りした状態で生活費のために売却を続けることになり、その後相場が回復しても資産寿命の縮み方を取り戻せないことが多くなります。平均リターンだけを見た計算では、この「タイミングの悪さ」がまったく考慮されません。
同じ「平均4%」でも道筋によって結果が変わる
たとえば同じ10年間で、平均リターンが年4%になる道筋は無数にあります。「毎年きっちり4%」という道筋もあれば、「最初の3年は-10%が続き、その後大きく回復して平均を取り戻す」という道筋もあります。最終的な平均値は同じでも、取り崩しを併用している場合、この2つの道筋がたどり着く資産額はまったく違います。
モンテカルロ法は、こうした無数の道筋を実際に何百通りも計算することで、「平均的にはこうだが、悪いケースではここまで落ち込む」という分布を示してくれます。
ここまで読んで「自分の計画は市場変動にどれくらい耐えられるのか」と思った方は、一度試算してみてください。
資産シミュレーターで検証する:田中さんのケースで実際に動かしてみる
ここからは、実際にFREENOUGH 資産シミュレーターで田中誠さん(42歳・会社員・年間生活費480万円・総資産2,500万円)のケースを試算し、固定利回り計算とモンテカルロ試算の結果を比較します。55歳でのセミリタイアを目指し、退職後の年間支出は300万円に抑える計画です。
固定利回り計算 vs 1,000通り試算の結果比較
まず、利回りを年4%固定で単純計算すると、資産は以下のように推移します。
| 年齢 | 総資産 |
|---|---|
| 55歳(退職時) | 7,367万円 |
| 60歳 | 6,965万円 |
| 65歳(年金開始) | 6,242万円 |
| 70歳 | 6,154万円 |
| 80歳 | 5,933万円 |
| 90歳 | 5,277万円 |
この計算だけを見ると、90歳時点でも5,277万円が残る「安全な計画」に見えます。実際、年ごとのブレを考えなければ、資産が枯渇することは一度もありません。
次に、運用リターンが毎年ばらつく(標準偏差10%)という前提で、1,000通りの市場シナリオをモンテカルロ法で試算した結果が以下です。
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 破綻率(1,000試行・教育費込み・支出300万円) | 25.4%(253通りで資産が枯渇) |
| 65歳時点の資産(中央値) | 5,527万円 |
| 65歳時点の資産(p10〜p90) | 2,838万円 〜 1億565万円 |
| 90歳時点の最終資産(中央値) | 3,099万円 |
| 90歳時点の最終資産(p10〜p90) | 0万円 〜 1億6,500万円 |
固定利回り計算では一度も枯渇しなかった同じ田中さんの計画が、1,000通りの試算では約4人に1人(25.4%)のシナリオで資産が尽きるという結果になりました。「平均リターン4%」という前提は同じなのに、単純計算とモンテカルロ試算でここまで結果が変わります。これが、平均値だけを見た計画が危険だと言われる理由です。

p10/中央値/p90の読み方
モンテカルロ試算の結果は、単一の数字ではなく分布として出てきます。読み方の基本は次の通りです。
- 中央値(p50):1,000通りの試算のうち、ちょうど真ん中に位置する結果。「典型的にはこうなる」という目安
- p10(下位10%):1,000通りのうち下から10%目の結果。悪いシナリオ側の目安になる
- p90(上位10%):1,000通りのうち上から10%目の結果。良いシナリオ側の目安になる
田中さんのケースでは、90歳時点の最終資産は中央値で3,099万円ですが、p10では0万円(枯渇)、p90では1億6,500万円と、結果の幅が極めて大きくなっています。中央値だけを見て「資産は残る」と判断するのは早計で、下振れした場合にどうなるかまで確認しておく必要があります。
破綻確率という指標の意味
「破綻確率25.4%」とは、1,000通りの市場シナリオのうち253通りで、生きている間に資産が尽きてしまうという意味です。裏を返せば、約4回に1回は資産が足りなくなる計画だとも言えます。
破綻確率が高いからといって、必ず資産が尽きるわけではありません。あくまで「そうなる確率がどれくらいあるか」を示す指標であり、この確率をどこまで許容できるかは人によって異なります。
μ・σを変えると、結果はどう変わるか
モンテカルロ法の本質は「ばらつき」を見ることにあります。そこで、期待リターン(μ)と標準偏差(σ)だけを純粋に変化させると、破綻率や資産分布がどう変わるかを試算してみました。田中さんの条件(55歳退職・支出300万円)はそのままに、μ・σだけを3パターンに変えて1,000回試行した結果が以下です。
※ここからは田中さんの実際の資産配分を変更した比較ではなく、モンテカルロ法における「期待リターン(μ)と標準偏差(σ)の関係」を理解するための教育用シナリオです。前半で紹介した固定4%・σ10%の試算(破綻率25.4%)とは前提条件が異なるため、破綻率を直接比較することはできません。
| ケース | 期待リターン(μ) | 標準偏差(σ) | 破綻率 | p10 | 中央値 | p90 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ケースA | 5% | 8% | 5.4% | 1,239万円 | 9,446万円 | 2.7億円 |
| ケースB | 6% | 12% | 7.6% | 1,156万円 | 1.6億円 | 5.5億円 |
| ケースC | 7% | 16% | 11.5% | 0万円 | 2.0億円 | 10.5億円 |
μ(期待リターン)を上げると同時にσ(標準偏差)も上げていくと、中央値やp90はケースA→B→Cの順に大きく伸びる一方で、破綻率もむしろ5.4%→7.6%→11.5%と上昇しています。「リターンが高い方が有利」というイメージだけでは説明がつかない結果です。
理由は、σが大きいほど「悪い道筋」の落ち込み方も大きくなるためです。取り崩し期に運の悪い順序でマイナスリターンが重なると、μが多少高くても資産を大きく削られてしまいます(シークエンス・オブ・リターンズ・リスク)。実際、p10で見るとケースAでは1,239万円残っていた資産が、ケースCでは0万円(枯渇)まで落ち込んでいます。中央値・p90といった「良いシナリオ」はσが大きいほど派手に伸びますが、その裏でp10・破綻率という「悪いシナリオ」も同時に悪化している、というのがこの試算の核心です。
つまり、σを上げることは「上振れの可能性を広げる」と同時に「下振れの可能性も広げる」行為だと言えます。だから中央値や期待リターンだけではなく、p10や破綻率まで見て初めて計画を評価できます。
なお、資産シミュレーターでは実際にポートフォリオ(株式・債券などの資産配分)を変更すると、このμとσが自動計算されて反映される仕組みになっています。手元の資産配分を保守的にすればσは小さく、積極的にすればσは大きくなる、という形で、上記の比較を自分の資産配分に置き換えて確認することもできます。
資産シミュレーターで分かったこと
固定利回り計算では一度も資産が尽きなかった田中さんの計画が、1,000通りのモンテカルロ試算では約4人に1人(25.4%)のシナリオで資産が枯渇するという結果になりました。
「平均リターン4%」という前提はどちらの計算でも同じです。違うのは、市場のブレを考慮しているかどうかだけです。この差だけで、「安全な計画」に見えていたものが「4回に1回は破綻する計画」に変わります。単純な平均値ベースの計算は、あくまで無数にある未来の道筋のうち、最も都合の良い1本を示しているにすぎません。
FIRE計画を立てる際は、平均値だけでなく、悪いシナリオ(p10)でどうなるかまで確認しておくことが、計画の実効性を左右します。
自分の場合はどうなるか確認する
資産シミュレーターでは、ご自身の年齢・資産状況・支出額を入力するだけで、固定利回り計算と1,000通りのモンテカルロ試算による破綻確率の両方を確認できます。
- 入力は5分程度
- データはブラウザ内で処理され、保存されません
- NISA・iDeCo・退職金・年金など日本の制度に対応
「平均リターンなら大丈夫」と思っていても、モンテカルロ試算をしてみると印象が変わることがあります。まずは5分で、自分の計画が市場変動にどれくらい耐えられるか確認してみてください。
よくある質問
Q. モンテカルロ法は何回試行すれば十分ですか? A. 試行回数が多いほど分布は安定しますが、一般的には数百〜1,000回程度で実用上十分とされています。資産シミュレーターでは1,000回の試行で破綻確率やp10/p90を算出しています。
Q. 標準偏差(ばらつきの大きさ)はどう決まりますか? A. ポートフォリオの資産配分(株式・債券などの比率)によって決まります。資産シミュレーターでは資産配分を入力すると、期待リターン(μ)と標準偏差(σ)が自動計算されて試算結果に反映されます。株式比率が高いほどσは大きくなる傾向があります。
Q. 破綻確率が高い場合、何を見直せばいいですか? A. 支出額・退職時期・資産配分(リスク許容度)など、見直せる要素は複数あります。この記事の検証では、σ(標準偏差)が大きいほど中央値やp90は伸びる一方、破綻率やp10(悪いシナリオ)も同時に悪化するという結果になりました。リターンの高さだけでなく、悪いシナリオでどうなるかまで確認しながら、複数のパターンを資産シミュレーターで比較してみることをおすすめします。
Q. 固定利回り計算と結果が大きく違うのはなぜですか? A. 固定利回り計算は「毎年必ず平均通りのリターンが出る」という前提のため、暴落のタイミングによる影響が計算に含まれません。モンテカルロ法は年ごとのばらつきを再現するため、取り崩し期に暴落が来た場合の資産寿命への影響も結果に反映されます。
まとめ
- モンテカルロシミュレーションは、市場の値動きを何百通りも試行し、結果のばらつきを確認する手法
- 平均値だけの単純計算は、無数にある未来の道筋のうち最も都合の良い1本を示しているにすぎない
- 田中さんのケースでは、固定利回り計算では枯渇しない計画が、1,000通りの試算では約4人に1人(25.4%)が資産枯渇という結果になった
- 中央値だけでなく、p10(悪いシナリオ)まで確認することが計画の実効性を左右する
田中誠さんのその後の物語は、note版「田中誠のFIRE挑戦記」シリーズでお読みいただけます。
